アブストラクト・ヒップホップ(ABSTRACT HIP HOP)というジャンルをご存じでしょうか?
アブストラクト・ヒップホップは、1990年代初めに英国で生まれた音楽ジャンルですが、言葉自体も分かりずらく、どういった音楽なのか?表現することも難ししく、初めて聞く方は「どんな音楽?」と疑問に思うはずです。
アブストラクト・ヒップホップが誕生した1990年代はクラブミュージックシーンにおいても様々なジャンルがクロスオーバー化し新しいジャンルが生まれ、細分化されていった年代とも言えます。その大きく変化のあった90年代に生まれた❝アブストラクト・ヒップホップ”。
ここでは、そんな90年代に着目し、アブストラクト・ヒップホップの由来や意味、当時のアブストラクト・ヒップホップの代表的なレーベルやアーティスト、アブストラクト・ヒップホップを語る上で外せない、歴史的名盤や楽曲を紹介したいと思います。
それでは行ってみましょう!
アブストラクト・ヒップホップとは?
アブストラクトヒップホップ(ABSTRACT HIP HOP)の言葉の意味について調べてみます。
まず、アブストラクト(ABSTRACT)という単語は英語であり、単語を辞書で調べると
アブストラクト(ABSTRACT)・・・抽象的な、理論的な、観念的な、難しい、難解な、抽象派の
といった意味があります。「抽象的なHIP HOP」ということになりますが、この言葉自体もとても抽象的でイメージが分かりずらく音楽の特徴を捉えることができません。
ネットでアブストラクト・ヒップホップについてさらに調べていくと「トリップ・ホップ(TRIP HOP)」という言葉が出てきます。
トリップ・ホップ (TRIP HOP) は、音楽のジャンル。ヒップホップから影響を受け発展した音楽で、イギリスのブリストルが発祥地と言われる音楽であることから、ブリストル・サウンド (Bristol sound)とも呼ばれる。
トリップ・ホップ – Wikipedia
当時、アブストラクト・ヒップホップは、このTRIP HOPというジャンルの一部として扱われておりました。
イギリスの港町ブリストルは比較的、土地の値段が安かったため、アフリカやカリブから移住した黒人など多くの異なる人種や文化の人々居住しておりました。そのような中、様々な文化が交じり合った環境で活動していたミュージシャン達が、ヒップホップ、レゲエ、ソウル、ハウス、ジャズ、パンク、テクノなど様々なジャンルを融合させ、独特の音楽が生み出されました。これを「ブリストル・サウンド」といい、その中の一部がトリップ・ホップと呼ばれるようになったようです。
トリップ・ホップは、1990年代初めに英国で生まれた音楽ジャンルとされていますが、バズワードでもあるため厳密な定義は存在しません。この名称は、音楽ライターのアンディ・ペンバトン(Andy Pemberton)が1994年6月の英国の雑誌『Mixmag』で、レーベルMo’WaxからリリースされたDJシャドウ(DJ Shadow)の楽曲『In/Flux』と初期のケミカル・ブラザーズを「トリップ・ホップ」と表現したことに由来します。
トリップ・ホップとは?興隆から終焉、名盤誕生の背景まで – beipana (hatenablog.com)
さらに調べていくと「トリップ・ホップ(TRIP HOP)」という言葉は、メディアが作った造語であり、アブストラクト・ヒップホップの中心的なアーティストであるDJ Shadowや初期のケミカル・ブラザーズの楽曲がもとでこの言葉が生み出されたようです。
ペンバトンはさらに「トリップ・ホップは、アメリカ主導のヒップホップに対する最初の有効なオルタナティブな音楽」と説明しています。オルタナティブとは具体的には「ヒップホップのブレイクビーツなどの要素をベースにした実験的な音楽性」を差します。90年代初頭に英国全土で広がっていたレイヴ・カルチャー・ムーブメントに呼応しながら、90年代中期から広がりを見せていきました。
トリップ・ホップとは?興隆から終焉、名盤誕生の背景まで – beipana (hatenablog.com)
「トリップ・ホップ(TRIP HOP)」とは、90年代初頭に始まった、HIP HOPやブレークビーツ、テクノ、ハウスなどの様々なジャンルで生まれた、新しい実験的な音楽のことを総称してイギリスの音楽誌のライターが名付けたジャンルであることが分かります。
その「トリップ・ホップ(TRIP HOP)」と言われたジャンルの中には、テクノ系もあればアンビエント系、ジャズ系、ダブ系、ヒップホップ系など様々なジャンルに跨っており、さらにそのジャンル同士が混ざり合っていたため具体的に説明するのが非常に難しいジャンルとなっていたようです。
そのぐちゃぐちゃに混ざり合った「トリップ・ホップ(TRIP HOP)」というジャンルについては由来や意味は理解できましたが、アブストラクト・ヒップホップ(ABSTRACT HIP HOP)については具体的な記述がありません。
1990年代、2000年代のクラブミュージック全盛期に「remix(リミックス)」というクラブカルチャーを紹介していた音楽誌がありました。1995年5月号でアブストラクト・ヒップホップを特集しており、その中のインタビュー記事にそれぞれのアーティストがトリップ・ホップやアブストラクト・ヒップホップについて語ってくれています。
当時、アブストラクト・ヒップホップの中心であった音楽レーベル「MO’Wax」のレーベルオーナーであるJames Lavelle(ジェームス・ラヴェル)は以下のように語っています。
James Lavelle Köln 1998 – Albrecht Fuchs
ー”アブストラクト・ヒップホップって呼んでいるMO’Wax系の音がメディアによって「トリップ・ホップ」と呼ばれていることに対してどう思う?
「その言葉自体が大っ嫌い。所詮トリップ・ホップとばれているウチの音って、基本的にすべてヒップホップから出てきているものだし、ウチら以外でそう呼ばれている連中の音と比べると、それほどアグレッシブではないんだよ。例えば同じトリップ・ホップとされているダスト・ブラザーズ(現ケミカル・ブラザーズ)やアンディ・ウェザオールってやけにファンキーでクラブっぽくてヒップホップじゃないんだよ。でも例えばDJクラッシュの音は、凄くヒップホップが基盤に合って、音楽的だけどアグレッシブ系にならずヒップホップとして存在しているんだよね」
remix #47(平成7年5月29日発行) U.N.K.L.Eインタビュー
当時、ジャンルの中心人物であったジェームス・ラベルですら、その「トリップ・ホップ(TRIPHOP)」と言う言葉自体に嫌気がさしており、自分達の音楽の基盤はヒップホップであり、音楽的であるがアグレッシブ系にならずにヒップホップとして存在していると断言しています。また当時、MO’Waxと同じくトリップ・ホップの中心とされていたダスト・ブラザーズ(現ケミカルブラザーズ)も引き合いに出し、「あいつらとは違う」と線引きしていたようです。
次に同雑誌内のDJ Shadowに対してのインタビューでも同じような質問があり、こう答えています。
The 10 Best DJ Shadow Songs (stereogum.com)
ー「トリップ・ポップ」と呼ばれていることに対してどう思う?
「通常の枠から外れた音を出すとメディアに変な名前を付けられて、もて遊ばれるって見えてたから❝やっぱりな❞って感じ。別に驚きもしなかったし、逆に笑っちゃったくらい(笑)。でも、殆ど他人事だな。僕はヒップホップの延長線上として音を作っているし、「トリップ・ホップ」なんて言葉がどんな意味を持とうが関係ないんだよね。クラッシュなんかもそうだと思う。曲名の後に堂々と(Trip Hop Mix)なんで書いているのに限って、エセ(似非)・アブストラクトなんだ(笑)」
ーそのエセ(似非)系と本物の違いってなんだと思う?「エセ系の音って、ヒップホップが全く感じられないんだ。言葉では説明しにくいんだけど、なんか違うんだよね。やたらテクノロジー臭くて魂に欠けていて・・・なんかロックの人が突然ヒップホップを作り始めた、みたいなさ。そんなのはヒップホップとして絶対に通用しないと思う。あと、メディアに推奨されてるヒップホップに捕らわれすぎてて、他人と違うことするのがヒップホップなんだってことを忘れちゃってる部分って凄くあると思う」
remix #47(平成7年5月29日発行) DJ Shadowインタビュー
DJ Shadowについても、もはやトリップ・ホップという言葉自体が独り歩きしているだけで、自分には関係ない、自分のやりたい音楽をやっているだけと言わんばかりにメディアが勝手にカテゴライズした「Trip Hop」という言葉を嘲笑するかのような答えとなっています。
また、ジェームス・ラベルと同じく音作りについてはヒップホップが基盤としてあり、さらに「他人と違うことをするのがヒップホップである」と言っています。当時のDJ ShadowのMO’WAX初期の楽曲を聴いても、他の一般的なヒップホップとは違う「新しい音」を追求していることが明白です。
逆に同じくTrip Hopシーンの中心にいた「ケミカル・ブラザーズ(The Chemical Brothers)」に対しても同じ質問をしておりました。
The Chemical Brothers(ケミカル・ブラザーズ) | YGDB (yogaku-databank.net)
ー自分達の音楽が「トリップ・ホップ」と呼ばれていることについてはどう思う?
「トリップ・ホップって「MO’Wax」ミュージックのことだろ?レイドバックなリスニングミュージック。俺たちは違うよ。ファッキング・アップ・ビートを顔面に突き出してやるって音楽だもの。MADで聴いたら訳わかんなくなるような、サイケディックな音楽。俺たちはスロウでストーンした感じの音楽を作っているんじゃない。ケミカル・ビートを持つダンス・ミュージックで人を動かすんだ。ダンスフロアーのBIGエナジーが好きなんだよ」
remix #47(平成7年5月29日発行)the Chemical Brothersインタビュー
ケミカル・ブラザーズも「トリップ・ポップってMO’Waxみたいなスロウなリスニングミュージックのことで、俺たちの作る音楽とは違う」と完全にMO’Wax関連アーティストと差別化しており、トリップ・ポップと言われることに嫌悪感を示しています。トリップ・ホップは俺たちではなくあいつら(MO’WAX)だと。
確かに、MO’Wax関連の諸作とケミカル・ブラザーズの楽曲は、曲調も違えばBPM(Beats Per Minute:曲の速さ)も全くことなります。MO’Wax関連の諸作は、インタビューにもあるように、HIP HOPが基盤となっている為、ネタ使いやビートの質感、BPMなど、HIP HOPっぽさが残っており、ジェームス・ラヴェルが言っているようにHIP HOPとして存在しています。一方でケミカル・ブラザーズの曲については、テクノやハウスに近いBPMで彼らのインタビューにもあるようにダンス・ミュージックとしての要素が占めている割合が多い印象です。
この相反する曲を同じジャンル「トリップ・ポップ」としてメディアがカテゴライズすることに対し、アーティスト達は嫌悪感を示し、自分たちと他のトリップ・ポップと言われているアーティストを完全に線引きしていたことが分かります。
トリップ・ポップとしてカ様々なジャンルが混ざり合っているなかで、MO’WAXやNINJA TUNEなどHIP HOPがベースとなってる楽曲やアーティストに対し、「アブストラクト・ヒップホップ」と言われるようになっていったようです。
改めてアブストラクト・ヒップホップをを定義すると以下のようになるのではないでしょうか。
アブストラクト・ヒップホップ(ABSTRACT HIP HOP)とは・・・
「TRIP HOP」という新しい音楽ジャンルの中でHIP HOPをベースとした、実験的で新しいHIP HOP
アブストラクト・ヒップホップのレーベルについて
MO’WAX
James Lavelle: “Our business lunches were fuelled by Bolivian marching powder” – Artists – Mixmag
とあるレコードショップで働いたジェームズ・ラヴェルが1992年に興したレーベル(弱冠17歳の時)。レーベル設立当初はACID JAZZ系のアーティストのリリースが多くクラブジャズ界隈から話題を集めておりました。
1994年「V.A/ROYALTIES OVERDUE」がリリースされたことで、少しづつアブストラクト・ヒップホップ系の音に切り替わっていきます。
ROYALTIES OVERDUE/V.A.(MO’WAX ROYALTIES OVERDUE)|HIPHOP/R&B|ディスクユニオン・オンラインショップ|diskunion.net
さらにMO’WAXの印象を決定づけたのがDJ SHADOWのシングル「In-Flux」やDJ SHADOWとDJ KRUSHのスプリットシングル「Lost and Found/kemuri」のリリースです。この2枚のシングルの発表により、MO’WAXの特徴であるインスト・ヒップホップはレーベルとしての新しい方向性を示しただけではなく、クラブミュージックシーンに強烈なインパクトを与えました。
所属アーティストに、U.N.K.L.E、DJ SHADOW、DJ KRUSH、Dr. Octagon、Money Mark、Howie B、La Funk Mob、Blackaliciousなど当時のアブストラクト系、アンビエント系のアーティストが多く、このころのMO’WAXは積極的に他ジャンル(テクノ系、ドラムンベース系など)とのコラボレーションを進めていました。
他のジャンルのアーティスト達をコラボレーションすることで、それぞれ異なるジャンルのリスナーに向けてMO’WAXの印象を強烈にアピールすることに成功し、シーンがクロスオーバー化することでMO’WAX自体もクラブミュージックシーンにおいて確固たる地位を築いていきました。
最終的には2002年にMO’WAX自体は閉鎖され、約10年という短い活動期間ではありましたが、1990年代から2000年代にかけて、クラブミュージックシーンに大きな影響を与えたレーベルの1つとなっています。
NINJA TUNE
Ninja Tune at 25 – Impose Magazine
サンプリングミュージックのレジェンド”Cold cut”として知られるマット・ブラックとジョナサン・モアによって1990年にNinja Tuneは結成されました。当時、Cold cutはイギリスで活動するサンプリング・ブレークビーツユニットで1987年10月発売されたエリックB&ラキムの「Paid in Full (Seven Minutes of Madness – The Coldcut Remix)」で成功を収めます。
来日した際に雑誌に載っていた、忍者(NINJA)にインスピレーションを受け、そのままレーベル名として使ったようです。
レーベル設立当初のリリースについては、全てコールドカットによってプロデュースされ、主にインスト系のブレークビーツやHIP HOP系の楽曲が多く、DJ Foodの「Jazz Brakes」シリーズ5作など、UKブレークビーツ・ミュージックの先駆者としてシーンをリードしていました。
所属アーティストは、自身のユニットであるCold cut、DJ FOOD、Up, Bustle & Out、Funki Porcin、DJ Vadim、The Herbaliser、The Cinematic Orchestra、Mr. Scruff 、Kid Koala、Bonobo・・・など数多くのアーティストの作品がリリースされており、今現在もレーベル運営は継続していいます。
また、サブレーベルとしてRoots Manuvaが所属するBig Dada、Counter recordsなどもあり、今でもなお、最新の音楽をリリースし続けているレーベルです。
MO’WAXと比較すると、サンプリング色が強く、BPMも若干早い為、HIP HOP的な要素が若干少なく、どちらかというとサンプリング・ブレーク・ビーツ的な要素が強いように感じます。
Cold cutをはじめとする、実験的なサンプリングHIP HOP(ブレークビーツ)は当時のシーンに大きな影響を与えたことは言うまでもありません。
アブストラクト・ヒップホップの代表的アーティストについて
アブストラクト・ヒップホップ当時も様々なアーティストがおり、それぞれ素晴らしい楽曲を世に送り出しておりますアブストラクト・ヒップホップを生み出し、また黎明期に活躍、アブストラクト・ヒップホップを世界中に認知させたという点で以下3名をご紹介します。
・DJ SHADOW
DJ Shadow Returns with the Rolling, Meditative “The Mountain Will Fall” (vice.com)
1973年1月1日にアメリカ合衆国カリフォルニア州生まれ。ティーンネージ時代をカリフォルニア州北部サンフランシスコ等を含むベイエリアで過ごし、地元の公共ラジオ局KDVSにてDJ活動を行う。
大学時代に出会った仲間Blackalicious(ブラッカリシャス)、Lyrics Born(リリックス・ボーン)らとレーベル”Solesides(ソールサイズ)”を設立。1991年にミックステープ「Reconstructed From the Ground Up」をリリース。
また、同じ年にLifer’s Groupと初レコード・シングル「Lesson 4/The Real Deal」をリリース。その後、イギリスのJames Lavelle(ジェームス・ラヴェル)が率いるレーベルMo’ Wax(モ・ワックス)と契約を結び、シングル「In/Flux」(93年)を発表する。現在も第一線で活動しており、現在10枚のアルバムをリリースしています。
James Lavelle(ジェームス・ラヴェル)とU.N.K.L.Eとしての活動やDJ Krushとのコラボレーション、またそれ以外にも様々なミュージシャンとコラボレーションしている。
また、本名:Josh Davis(ジョッシュ・デイヴィス)としてレアなFunkやSoulなどを7inchレコードのみでDJをするスタイルでCut chemistとともにFreeze、Product Placementといったイベントでも大成功を収めている。
アブストラクト・ヒップホップ界のパイオニア的存在で、12インチシングル「In-flux」やファーストアルバム「Endtroducing…..」が音楽業界に与えた影響はとてつもなく大きい。
・DJ KRUSH
DJ Krush Bio, Wiki 2017 – Musician Biographies
1980年代前半に映画『ワイルド・スタイル』に衝撃を受けヒップホップDJとなり、1980年代後期に、ヒップホップクルーB-FRESH3を結成。原宿ホコ天にて、ブレイクダンサーとともにストリートで活躍。その後、MURO、DJ GOと知り合い、KRUSH POSSEを結成。1MC2DJのスタイルで、日本を代表する実力派として活躍する。
1992年にKRUSH POSSE解散。本格的にソロ活動がスタートする。
DJ単独でも表現できる独自のヒップホップを模索し、活動の場を見出していく。国内外問わず注目を浴び、1994年に1stアルバム『KRUSH』をリリース。同年、ロンドンのインディペンデントレーベルMo’ Waxよりリリースされた2ndアルバム『STRICTLY TURNTABLIZED』(1994年)がヨーロッパを中心に世界的に話題を呼ぶ。
その後、3rdアルバム『MEISO(迷走)』(1995年)、4thアルバム『MiLight-未来』(1996年)、5thアルバム『覚醒』(1998年)など、各アルバムともにアンダーグラウンドからメジャーまで国内外のラッパー、演奏者が参加しシーンの中心的な存在として、今なお活動し続けている。
・DJ CAM
DJ Cam Quartet Concerts & Live Tour Dates: 2024-2025 Tickets | Bandsintown
本名ローラン・ドマイユ、1973年生まれ。レストランオーナーでありジャズミュージシャンでもあった父の影響下、自身も8歳の時ピアノを始める。
ジャズを経由した後、HIPHOPとの運命的な出会いがあり、それまでの音楽機材を売り払い、ターンテーブル2台を購入。瞬く間にフランスのクラブシーンで有名になり、1993年には自身のレーベル”Street Jazz”を設立した。
95年にリリースしたアルバム“Underground Vibes”は、ジャズ やファンク、ヒップホップを吸収してDJ CAM独特の世界を作り上げた。このアルバムは世界各国で15,000枚のセールスを記録。
当時、UKで産声を上げたMO’WAX系を中心としたアブストラクト・ヒップホップと同じ世界観で場所は違えど、DJ ShadowやDJ Krushと同じくシーンの中心に存在した。
DJ CAM名義では12枚のアルバムを制作し、さらにDJ CAM QUARTETの名義(DJ CAMを含むカルテット編成のJAZZ BAND)では、HIP HOPとJAZZの融合に挑戦。そのレコードは、現在では入手困難となっており、高額で取引されている。
フランスを代表するアブストラクト・ヒップホップの芸術家として今でも活動を続けている。
アブストラクト・ヒップホップを語る上で外せないアルバムのご紹介
アブストラクト・ヒップホップを語る上で外せないアルバムを紹介します。前項で紹介した3名のアーティストの曲を中心に紹介します。アブストラクト・ヒップホップの語る上で外せない歴史的名盤となっております。
・DJ Shadow / 『Endtroducing…..』(1996)
DJ Shadow/Endtroducing… (tower.jp)
1996年9月16日にMo’WaxからリリースされたDJ Shadowによるデビューアルバム。
DJ SHADOWと言えば、このファーストアルバム『Endtroducing』を思い浮かべるリスナーがほとんどだと思います。これぞ、アブストラクト・ヒップホップの金字塔と言わんばかりの名曲揃いで、全編インストゥルメンタル・ヒップホップ作品となっています。
すべての楽曲の音1つ1つがレコードのサンプルで構成されており、その偉業はギネス世界記録の『完全にサンプルから作成された最初のアルバム』に認定されております。
Akai MPC60サンプラーとターンテーブル2台とミキサーを使い、2年以上かけて『Endtroducing』を制作した。膨大なレコードからネタを厳選し、サンプルを編集、レイヤー化し、新しいスタイルのヒップホップを構築。
『Midnight in a Perfect World』
アルバムの中でもチャート・ヒットとなった「Midnight in a Perfect World」はスローテンポで女性ボーカル曲となっております。あたかも新録のボーカルもののように聞こえますが、これもすべてサンプリング。声は「メレディス・モンク/Dolmen Music」の女性の歌声をサンプルリングしています。その他、浮遊感漂うエレピは「ペッカ・ポホジョラ/Sekoilu Seestyy」、哀愁漂うピアノのフレーズは「デヴィッド・アクセルロッド/The Human Abstract」からのサンプル。これらが混ざり合いDJ SHADOWのフィルターを通ることにより、よりDEEPで哀愁漂うロービート・インストゥルメンタル・ヒップホップとなっています。すべての音やフレーズが一度聞くと頭から離れない永遠の名曲です。
『Number song』
これぞサンプリング・ミュージックと言わんばかりの名曲、名盤、レア盤の良い部分をサンプリングによりちりばめ、疾走感と躍動感あふれるブレークビーツ・ヒップホップとなっています。
まず、「Old School Beats / T La Rock – Breakdown」のイントロを使い、そのまま「Breakdown!」という掛け声を使うのかと思いきや、FUNK45の名盤「Don Covay /Bad Luck」のイントロの掛け声「Breakdown、baby!」を使うあたりがレコード掘り師ならではの使い方。
「Metallica / Orion」のギターの上物に、FUNK45のレア盤「The Third Guitar / Baby Don’t Cry」の中盤の攻撃なラムブレークをサンプリングしています。
また曲の中盤に展開がありますが、そこではFUNK45のレア中のレア盤である「Pearly Queen/Quit Jivin」の中盤のホーンとドラムブレークを使用しています。
サンプリングに使用している原曲自体も名盤レア盤揃いで、それぞれのネタを惜しげもなサンプリングし、まったく新しい曲が作り上げられています。
・DJ Krush / 『Strictly Turntabliized』(1994)
DJ Krush – Strictly Turntablized (Vinyl, UK, 1994) 出品中 | Discogs
DJ krushの1994年11月21日にMo’ Waxからリリースされた、2ndアルバム。1stアルバムと比較するとさらにアブストラクト・ヒップホップっぽさが表現された作品。
DJ Krushとアブストラクト・ヒップホップを全世界に広めたといっても過言ではない名盤中の名盤。
全曲ディープで攻撃的でそのスタイルはアブストラクト・ヒップヒップそのもの。太く響くようなベースラインにざらついた攻撃的なドラムブレーク。また上物の音数は少なくシンプルでミニマルでありながらもJAZZ系のサンプリングも使いながら、飽きさせない構成になっています。
このアルバムの中で最も有名なのは前述した「KEMURI」です。この曲を聴きながら目を閉じると、暗闇で煙がゆらゆらと天高く上がっていく光景が浮かんできます。
このように曲を聴きながら目を閉じると、その楽曲の演奏風景ではなく、その曲が持つ雰囲気から色や架空の映像が浮かんできます。そういったところが、まさにアブストラクト・ヒップホップの特徴だと言えます。言葉や歌詞、メロディーで表現するのではなく、その音そのもので雰囲気を作り想像力を掻き立てるそんな音楽だと言えます。
『Don’t You Miss』
このアルバムについては、日本盤のみボーナストラックとして3曲追加されておりますがその中でも女性ボーカリスト”Carla Vallet”をフューチャーした「Don’t You Miss」もアブストラクトなトラックに哀愁漂うCarla Valletの歌声がマッチし独特の世界観を表現しています。
・DJ Krush /『MEISO』(1995)
DJ Krush – Meiso (1995, Vinyl) – Discogs
DJ KRUSHの3枚目のアルバム。
アブストラクト・ヒップホップをさらに進化させた1枚。当時、HIP HOPの豪華ラッパー陣を迎え、今までのインスト・ヒップホップの方向性は残しつつも、それにラップを乗せることで、今までのアブストラクト・ヒップホップ=インストゥルメンタル・ヒップホップの概念を壊し、アブストラクト・ヒップホップを新しいステージへ上げたアルバムと言えます。
参加したラッパーは、Big Shug 、Black Thought 、Guru 、Malik B.、CL Smooth など’90年代のHIP HIPシーンを盛り上げていた豪華メンバーが集います。
『Only The Strong Survive』
中でも当時、CL.smoothをフィーチャリングした「Only The Strong Survive」は日本の尺八奏者である山本邦山のジャズアルバム「銀界」からイントロと尺八のネタをサンプリングすることで「和」を表現し、「Doggone / Love」の中盤の硬質なドラムブレークと合わせることで、全体的に緊張感あふれる曲に仕上がっています。これぞDJ krushの魅力が詰まった楽曲といえるでしょう。
『Duality』
DJ shadowと共同作業で制作した「Duality」は、当時のアブストラクト・ヒップホップの中心にいた二人がタッグを組んで制作した楽曲のため、アブストラクト・ヒップホップっぽさが際立った、抽象的であり、かつ、ダークなサウンドとなっています。
DJ KRUSHが「Duality」の制作秘話をインタビューで次のように語っておりますが、国籍も言葉も異なる二人が音のみで会話し作り上げた様子が想像できます。
あとアルバム『迷走』の「Duality」での彼のドラムの打ち込みはすごかったな。MPCを知り尽くしている手さばきで打ち込んでた。ほとんど言葉が通じなくても「これはどうかな」みたいな感じで音を実際に出しながらお互いのアイデアを積み重ねて仕上げていった。とてもスムーズで楽しくお互い制作できたと思う。吐き出す音はお互い違うけど、何かこうヒップホップを軸として考え解釈して独自のスタイルを築き上げていたんだね。ごく自然に当たり前のように。
【インタビュー】DJ KRUSH、「<MARINA SUNSETʼ23>はロケーションがとても良くて今からとても楽しみ。想像力を広げて選曲を考えたい」 | BARKS
前半、中盤と曲に展開があり、とくに後半の乱れ打つ攻撃的なドラムとピアノの物悲しい旋律、さらにDJ SHADOWのスクラッチが絶妙にマッチしアブストラクト・ヒップホップの世界観を表現しています。
・DJ CAM / Underground Vibes(1995)
DJ Cam – Underground Vibes (1995, Vinyl) – Discogs
DJ CAMのファーストソロアルバム。
アブストラクト・ヒップホップにはなりますが、DJ CAMの楽曲は、DJ ShadowやDJ Krushと少し違い、アブストラクト・ヒップホップ特有の抽象的な部分は残しつつもJAZZの要素が強いせいか、壮大で気品高く、お洒落な雰囲気も併せ持った特徴があります。
「Dieu Reconnaitra Les Siens」
イントロの「Dexter Wansel/The Sweetest Pain」のイントロフレーズの上物に「Pete Rock & C.L. Smooth /The Basement」のインタールード的に使われているドラムブレークをそのまま使いつつ、中盤「Tom Scott & The L. A. Express – Sneakin’ In The Back」のドラムブレークも使用し、展開のある曲です。初期のDJ CAMのサウンドにはこのような雰囲気の楽曲が多いのですが、雰囲気は似ていてもそれぞれの曲に特徴があり、なぜか聞き飽きない中毒性の高いサウンドと言えます。
・DJ CAM / Abstract Manifesto (1996)
DJ Cam – Abstract Manifesto (1996, Vinyl) – Discogs
DJ CAMの3rdアルバム。
本作は96年にリリースされたDJ CamとDJ Cam Quartet名義の初期レア音源をコンパイルしたアルバム。
Lonnie Liston SmithやRoy Ayersなどのサンプリング・ソースをヒップホップ〜ブレイクビーツ、ドラムンベース等様々なビート感に落とし込んアブストラクト・ヒップホップの進化系。
1stアルバムから続いているJAZZのネタをサンプリングし使いという形は変わりませんが、様々なbpmのビートにのせ、また違った世界を切り開いたアルバムとなっています。
『DJ Cam – パリの夏 / Un Eté à Paris』
日本盤のアルバムということで邦題もついたこの曲。「The Dudley Moore Trio/Amalgam」のピアノフレーズをサンプリングし、軽快なビートでお洒落なパリの街並みの情景が思い浮かぶようなお洒落なインストゥルメンタル・ヒップホップとなっています。
いかがだったでしょうか?
今回、アブストラクト・ヒップホップが生まれた90年代の情報を調査しましたが、当時はSNSなどもなかったことから、当時の雑誌を引っ張り出していろいろと調べてみました。
今回紹介した名盤5選は通して聴けるアルバムとなっておりますので、実際聞いてみてアブストラクト・ヒップホップの魅力を十分に味わっていただけたらと思います。
今後とも音楽関係の記事も書いていきますので、今後ともチェックいただけると幸いです。
最後まで見て頂きありがとうございました。